2015年のショパンコンクールが変えたこと
ショパン国際ピアノコンクールが終わりました。
コンクールの審査は、世界一流のピアニストが予選3回+ファイナルの計4回、しかもショパンの楽曲の演奏だけで評価するのですから、「正しいジャッジ」だと思います。
審査基準について一点感じたのは、「小さなミスは大きな判断基準にはならない」ということでした。アマチュア向けのコンクールに参加する多くの人がきっと私と同じだと思いますが、自分がステージに立った際、演奏終了後、細かいミスについてクヨクヨと落ち込むものです(他の参加者の演奏についてはあまり気にならないのに)。
ところが、世界最高峰のショパンコンクールにおいても、「ミスのない演奏が一義でないこと」を実感しました。これは、今後、コンクールに参加した際、心に刻んでおきたいです。
YouTubeとFacebookが生む臨場体験
さて、今回のショパンコンクールを振り返り、これまでと大きな変化を感じたのは、YouTubeによる高品質なライブストリーミング(生中継)でした。高速・広帯域の通信環境さえあれば、世界中どこにいても、スマートフォン&イヤフォンで会場の雰囲気を味わえるようになったこと。これまでも他のコンクールで生中継は行われていましたが、ここまで高画質・高音質のものを見たことがありません。コンクール主催者と、Googleの気合いの入れように驚きました。
YouTubeで演奏の生中継されること、Facebookでワルシャワでコンクールを見ている人の感想が共有されること。この2つのソーシャルメディアの組み合わせにより、私は、あたかも自分も現地にいるかのような臨場感を味わいました。
20世紀、私が10代だった頃のショパン・コンクールは、「東側」(社会主義国家)で行われている遠い遠いイベントで、詳細については雑誌『音楽の友』のレポートで、数か月後にその様子をうかがうしかありませんでした。当地で行われた演奏は、レコードやCDでしか聴けませんでした。しかもファイナルのみ、一次予選や二次予選の演奏を聴くなんてことは考えられませんでした。
40代以上のクラシック音楽ファンなら、この感覚、きっとご理解いただけると思います。
今回の生中継、実はとてつもないインパクトを持つできごとです。これまでのクラシック音楽を成立させていた「エコシステム破壊」の可能性を感じさせるものでした。
ショパンコンクールは「権利の戦場」
今日現在、一次予選からファイナルまで、出場者すべての演奏をYouTubeで視聴することができます。これらアーカイブが、今後もYouTubeに残るかどうかは不明です。が、もし残るとしたら、今回のコンクールを記録したDVDやCDを購入する人はいるでしょうか? ショパンコンクールのライブ盤は、これまでレコード会社にとって定番の商品でした。ブーニンが優勝した際のライブ盤CDは、相当な数が売れたはずです。
自宅にステレオがあるオーディオ好きならともかく、高品質のアーカイブがYouTubeで聴けるのに、わざわざCDを購入する人はほとんどいないと思われます。
今回のショパンコンクールが与える最大のインパクトは、プロダクト(CD、DVD)流通を基盤とした、20世紀のクラシック音楽のビジネスモデルを壊す可能性にあると思いました。
ショパンコンクールは、クラシック音楽のメインストリームの方向性を決める一大イベントです。このコンクールの入賞者が、今後のキーパーソンであることに異論はないでしょう。だからこそ、ショパンコンクールは、クラシック音楽ビジネスにおいて「権利」をめぐるせめぎあいの場でもあります。
今回、優勝したチョ・ソンジンさんの演奏を製品にできる権利、演奏会を行える権利を持つ人たちにとって、コンクール結果は、今後5年間、いや10数年間の売上を決めるものです。
そう考えると、権利者であるレコード会社にしてみれば、今回のYouTubeでの生中継、オンデマンドは相当抵抗を感じるのではないでしょうか。
今後、YouTubeで、ショパンコンクールの演奏が世界で繰り返し再生されるとしたら、YouTubeの運営元であるGoogleがコンテンツ(演奏)による収益を広告収入の形で得ることになります。しかも、Googleはレコード会社のように、アーティスト一人ひとりに対して陰日向のサポートをしているわけではないです。クラシック音楽の文化を、ビジネスの面で支えてきたレコード会社からしてみれば、本来、受け取るべき果実をGoogleに持っていかれるのです。
Googleの狙いとは?
では、YouTubeでのオンデマンド配信が終了すれば、Googleの収入はなくなるのでは? 実は、Googleの真の狙いはYouTubeでの広告収益ではないと思います。
年間660億ドル(7.9兆円!)に上るGoogle全体の売上からすれば、ショパンコンクールのオンデマンド視聴による広告収益など微々たるものです。
まず、一つはブランディング。ショパンコンクールの生中継を通じて、世界的にYouTubeの認知向上とグッドウィルを高める目的があることは容易に想像できます。2020年の東京オリンピックを、テレビメーカーのパナソニックがスポンサードするのと同じです。地上波テレビ局に代わる生中継インフラとし、YouTubeの存在を世界的にアピールできます。
もう一つは、DMP(データマネジメントプラットフォーム)としての活用。実は、ここが彼らの戦略的な価値ではないかと、私は勝手に想像しています。具体的にいうと、YouTubeの再生を通して視聴者のデータを収集することです。このあたりを詳しく書き始めると、大変な文量を要するのでご興味のある方は下のスライドをご覧ください。
今回、深夜にYouTubeで長時間コンクールを視聴したユーザーは、クラシック音楽の熱いファンであることがわかります。彼らは、Googleアカウント(Gmailユーザー)や、Androidスマートフォンでログインしたユーザーなら、匿名であっても個人の深い情報を取得できることができます。
ですので、YouTubeで閲覧したユーザーのWeb検索履歴を照会すれば、視聴したユーザーが、普段、何に興味があり、どのようなものを購入しようとしているのかを詳細に分析することが可能です。Gmailユーザーなら、日常、どのようなやりとりを行っているのか、どこで買い物をしているのか、いくらくらい買い物をしたのかまで解析できます。
正確な氏名や住所、電話番号が分からなくとも、そのユーザーの行動にマッチした最適な情報を、ブラウザでの検索結果で表示したり、Android端末で情報を発信することが可能。GoogleはYouTubeを離れたところでも、広告収益を上げていくことができます。しかも、一般的にクラシック音楽の熱いファンは高所得者層で、購買単価は高いです。
以上のように、グローバルでのビッグデータビジネス戦略のテストケースとして、ショパンコンクールのストリーミング配信を位置づけているのでは? というのが私の推測です。
クラシック音楽ビジネスの一等地であるショパンコンクール。20世紀、主役のビジネスプレイヤーであったプロダクトメーカー(CD、オーディオ)から、プラットフォーム(配信、広告)へ、お金の流れの変化を予感させる、ショパンコンクール、審査結果発表の朝でした。
※もう一つ思うところがあるので、近々、続編を書こうと思います。
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