金子勝子ピアノ教室、2010年発表会レポート(後編)
発表会は先週日曜で、まだ一週間しか経っていないのに、仕事納めや大晦日があったのでずいぶん以前の出来事のように感じる。忘れないうちに、レポートの後編を書きとめておこう。
さて、うちの師匠の指導方針は「生徒がステージで個性を発揮できること」だ。一見、ありふれた方針に見えるが、一年間、師匠の指導を受けると、具体的な落とし込みを経験できる。
一つは「ステージで」という点。ピアノの響きはホールの性格に大きく左右される。ピアノとホールは、二つで一つの楽器といっても過言ではない。
師匠が指導する音楽は、部屋で自分のために弾くピアノではなく、ホールで聴衆に聴いてもらうピアノである。だから、発表会前は実際にホールで最低二度、リハーサルのレッスンが行われるし、コンクール前はホールでレッスンが行われる。日常のレッスンにおいても、「そのタッチじゃ、ホールで後ろまで響かないわよ」というアドバイスいただいたりする。何度もホールでレッスンを受けると、私も普段はクラビノーバで練習をしていても、ホールの残響を何となくイメージできるようになった。
もう一つは「個性を発揮できること」。三年ほど師事して感じたことは、打鍵や音色については「こうあるべき」という厳しい信念をお持ちで、特にレガートに関しては一小節の指導に20分も30分もかけられる場合がある。
一方、楽曲の解釈については「あなたがこう弾きたかったら、こう弾けばいいんじゃない」と許容範囲は広い。自分の弾きたい志向性が明確だと、その志向性の中で細かいアドバイスをいただける。我々大人と子供では差異があると思われるが、特に何の曲をやりなさいとか言われるわけではない。ただ、自分に合っているか、合ってないかはガツンと指摘される。私の場合、バッハ、ショパンは合っているけど、ラフマニノフは合っていないと‥‥ま、確かに。
当然ながら、ピアニストは、ステージで個性を発揮できないと商売にならない。その点、門下出身のピアニストの演奏を何回か聴く機会を得たが、皆さんとても個性的だと思う。いい意味で師匠もあきれるほどに。
今回の発表会には門下の卒業生で、オーストリアから中澤真麻さん、イタリアから今西泰彦さんが帰国。個性あふれる演奏を披露してくれた。
以下、私の感想。
中澤真麻さん(ウィーン国立音楽大留学中)
モーツァルト/ピアノソナタ K.V.330、イヴァン・エロード/序奏とトッカータ
音がクリア。打鍵が明快。私も今回、モーツァルトを弾いたが、私なんかに比べると響きの仕上げが精緻で、音の一つひとつが小さな彫刻の人形のような立体感を感じた。響きは細部に宿る。特にモーツァルトを弾くと、弾き手の「響きの仕上げ力」の差が歴然とするものだ。
ソナタは第一、第二、第三楽章ともに、奇をてらわず、古典派ソナタを定石どおり、まっすぐな姿勢で弾かれた印象。とりわけ、噛んで含めるよう丁寧に語りかける第二楽章の中間部が印象的だった。
イヴァン・エロード「序奏とトッカータ」は聴いたことのない曲だな、と思っていたら、こちらは昨年、入賞された「グラドゥス・アド・パルナッスム コンクール」の課題曲とのこと。ポリリズムによるモダンダンスのような現代音楽で、なかなか楽しげな楽曲だった。
中澤さんは、小柄な体格とは裏腹に比較的重い響きを持っておられる。個人的にはモーツァルトよりも、このエロードの現代曲や、古典派ならベートーヴェンのソナタの方が本領を発揮できそうな気がした。
今西泰彦さん(イモラ音楽院留学中)
シューマン「謝肉祭」 Op.9
今西さんのシューマンは、アカデミックな演奏のメインストリームからすると「異端」かもしれない。中澤さんの正統的なモーツァルトの演奏とは対照的。ポゴレリチのショパンに近いタイプだ。ただ、門下出身で「ステージで個性を発揮」という師匠の指導方針を、彼ほど体現しているピアニストはいないと思う。
私が、なぜお金と時間を使って、ピアニストのライブに足を運ぶのか? 勉強という側面もあるが、何より非日常的な時間と空間を味わいたいからだ。「普通の演奏」なら、我々アマチュアの弾き合い会でも聴くことができる。私が認めるピアニストは、ピアノでホールを異空間にできる人。村上弦一郎氏のスカルラッティなんて、音が粉雪のようにホールの天上から落ちてくるようだった。
この日の彼の狙いは一つ。ホールに「謝肉祭」の光景を出現させること。私は「サーカス」だと思った。ピエロがいて、綱渡りがあって、皿回しがあって、最後に出演者全員のフィナーレの行進があって。一台のピアノで、彼は一夜のサーカスをオペレーション(運営)した。演奏終了後、今西さんに「サーカスみたいでしたね」と感想を述べたら、「そう、それ狙ってたんですよ」と。
アマチュアの「普通の演奏」がYouTube等、インターネットで共有される時代だからこそ、今後、ピアニストのライブの価値が高まると、私は確信している。
そういえば、ダンパーペダルを開放して弾いた「スフィンクス」。サーカスに紛れ込んだ“謎の怪人”のようで、面白い演出だと思った。
シューマン「謝肉祭」の終曲、華麗なるダヴィッド同盟の行進曲で、2010年の発表会「飛翔コンサート」は終了。7時間弱にわたる長大な発表会、毎年のことながら、客席において不動の姿勢で聴かれる師匠に、改めて畏敬の念を深めた。
ちなみに、夜6時からは恒例のパーティー。私は司会を担当。子どもが主役で、ビンゴゲームとプレゼント交換がメインの出し物だ。今年はビンゴゲームに当たった人から、来年の抱負を述べてもらった。子供の生徒は、目前に迫ったショパン国際コンクール in ASIAでいい成績を残したい!という抱負が多かった。お母さん方は、来年は子供を叱らないようにしたい!というのが多かった。私の抱負は「ピアノを買う!」だ。BGMは隼斗王子がジャズピアノを弾いてくれた。
8時前にパーティー終了。その後は、こちらも毎年恒例、門下の社会人&指導者の大人組で居酒屋へ。仕事のことやら、家庭のことやらおしゃべりして帰りの地下鉄に乗るころには、発表会の演奏や反省点はすっかり忘却の彼方‥‥。
2010年の年の瀬を飾る、年に一度の楽しいハレの一日が終了した。
最後になりましたが、会場に足を運び、チョコレートいただいたマイミクのAさん、鍵盤うさぎのチャーリーズエンジェルの皆さん、ソックス&ハンカチをいただきましたお母さん、ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。