今月辞める上司にピアノのことを懺悔した
日曜夜に、上司である親会社の執行役員から電話がかかってきた。
「あ、うさぎ? 実は、オレ、三月いっぱいで辞めるんだわ」。
「‥‥は?」
「ごめんな」
「えーーー!!!!」
「火曜に発表になるからさ。先に言っておかないと、お前、冷たい!とか言うじゃん」
「‥‥」
初めての営業畑の上司
30代のほどんど、私はその上司の下で働いた。ガツンと叱られもしたし、逆に当り散らしたりもした。初めてキャバクラに連れて行かれたり、部下の不始末について一緒に重いお詫びにいったり、一言では語れない思い出がある。
クリエーター系の私は、30代半ばまで、上司といえば同じクリエーター系だったが、彼は初めての営業系の上司だった。細かいことを気にしない大局的な判断力、マネジメントの心構えは彼から学んだと思う。
火曜のお昼、親会社に出向き一時間ほどその上司と話をした。上司といっても、私は子会社出向の役員だし、昔のように一緒に机を並べて仕事をしているわけではない。“評価者”であるほか、月に一度、役員会で顔を合わす程度の付き合いだ。
彼は、あと数年で50歳。仕事以外でも家庭のこと、老いた両親のこと、いろんなことに時間を割かなければならなくなる。しかし、役員は、相当な時間と気持ちも仕事に集中させないと、なかなか成果を出すことはできない。私も似たような境遇だ。
総合的に考えて退職を決意したという。ただ、ナンバー2クラスの幹部なので、社内の衝撃は大きかったようだ。
一通り上司の話を聞いた後、私も最後の「報・連・相(報告・連絡・相談)」として、どうも仕事に「本気」が足りない気がすることを率直に話をした。
ピアノのことを初めて上司に話した
そして、ピアノのことを初めて話をした‥‥。
昨年の期末決算日と今年の仕事始め、仕事を休んでコンクールに出たこと。ピアノのことを、いつもどこかで後ろめたく感じていることも‥‥。
ふと、7年ほど前、会社に出てこられなくなった新卒女子のことを思い出した。
「昔、劇団に夢中になって、会社、遅刻しがちになった新卒の女の子、覚えてますか?」
「あ、いたいた。彼女、どうしてるんだろうね?」
「あの時、オレは、怒りまくりましたよね?」
「そうだったな」
「でも、いま、何となく彼女の気持ちがわかるようになった気がするんですよ」
あの時、私は30代中盤でプレーヤーとしてはノリノリで、結果も出していた。遅刻や欠勤が続く新卒女子に「ダメ」の烙印を押して、異動の検討を彼に相談したのだ。
それから数日経って、上司から声をかけられた。
「うさぎ、オレさ、彼女の芝居、この間、観に行ったんだよ」
「え? わざわざ、観に行ったんですか?」
「いや、そこまで夢中になるのって、どういうものなのかなと思ってさ」
彼は役員である。私よりも多忙なはず。唖然とした一方、新卒スタッフを受け入れる覚悟について教えられた。もっと驚いたのは、その後、一向に遅刻、欠勤が直らない彼女について知るために、実家の両親にまで会いに行ったという。
彼の真摯な姿勢にも関わらず、結局、彼女は会社を辞めてしまったのだが‥‥。
話を元に戻そう。
「最近、ある経営セミナーで“本気の定義”って聞いたんです」
「へぇ。で?」
「本気の定義って、1)自分の好きなことをやる 2)自分で決めたことをやる 3)やり続けられることをやる なんですって。そう思うと、今、オレ、本気を出していない気がするんですよ」
「ま、“寝ても覚めても”がないと、突き抜けることはできないわな」
「オレもそう思いますよ。で、じゃ、自分が“本気”出してるのって何かと思ったら、実はいまピアノじゃないかな、と思うんです。
「‥‥? えっ! お前、ピアノ弾くの?」
報告なのか、懺悔なのか
その後、ピアノを再開した経緯やら、仕事との兼ね合いやらを時系列で話をした。で、最後に、昨年の期末決算日と今年の仕事始めに、会社を休んでコンクールに出たことを懺悔した。
「休んだこと、どう思います?」
「ま、いいんじゃないか。お前にとって大切なんだろ?」
上司の判断に正しいも間違いもない。私たちのポジションでは結果がすべてだから。答えは、わざわざ訊かなくても分かっている。
ただ、ちょっと肩の荷が下りた。たぶん、久しぶりに「上司と部下」の会話をやってみたかっただけもしれない。
そして、「いやー、うさぎ、今日はいい話を聞いたよ」とも‥‥。
最後に「5月の演奏会、行く行く」と言ってくれた。世話になっておいて、チケット代もらうわけにはいかないだろうし、3月中にチケット、手渡しにいかなきゃ。
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