ドリマトーンをめぐる大いなる誤解
さて。
私は、かつて電子オルガンについて大いなる誤解をしていた。それはこんなエピソード。
私は小学生の頃、カワイ音楽教室に通っていた。実家の隣には同じ姓を持つ親戚の家があり、一つ年下の女の子が住んでいた。彼女はヤマハ音楽教室に通っていた。
親も子供も、お互いの家に勝手に上がり合う仲のよい親戚同士だったのに、なぜ私がカワイ音楽教室に通い、親戚姉妹がヤマハ音楽教室に通ったのかはわからない。
私は最初、オルガンを習っていて、その後、カワイ音楽教室を独立した先生について、ピアノを習い始めた。ピアノを習い始めると同時に、実家にはピカピカの黒いアップライトピアノがやってきた。それから一週間もしないうちに、母親は白いレースのピアノカバーをどこからか買ってきて、ピアノと丸イスの両方にかけた。私は黒光りする“裸のピアノ”がシックで好きだったのに、何だか自分が無理やり女装させられたような嫌な気分になったことを覚えている。
一方、隣の女の子も、私より数年ほど遅れてヤマハ音楽教室でオルガンの勉強を始めたのだが、ある日、大型運送トラックで運ばれてきたのはピアノではなく木目調のエレクトーンだった。
私は、それまでエレクトーンなるものの存在は知らなかった。
初めて見たエレクトーンの第一印象は「超カッコいいーっ!!」
鍵盤は二段だし、上下に動くスイッチやらやら小さなレバーがいっぱい並んでいて、まるでマジンガーZのコックピットのようだった。これぞ、男の武器、いや楽器だ!
うちのピアノの丸イスではなく、細長いイスに座ってエレクトーンを前にすると、「正義の心をパイルダーオン!」って気分だ。
ロケットパーンチ! ブレストファイヤー!なんて小声で叫びながらスイッチを上下して、こっそり遊んだ。
私は、すっかりエレクトーンにはまってしまった。音にではなく、スイッチにである。
何日かして、私は母親にそっと言ってみた。
子うさぎ 「‥‥僕もエレクトーンが欲しいねん」。
母うさぎ 「えっ? うちにはピアノがあるやろう」。
子うさぎ 「‥‥エレクトーンの方がいろいろ音が出るし(本当はスイッチなのだが)。それに、エレクトーンやったらピアノの音も出るねんで」
母うさぎ 「あんたな、ピアノは楽器の王様やで」。
子うさぎ 「‥‥」
「王様なんてウソや、ほんなら白いレースの服、ピアノに着せるなよ」と思いつつも、母親も忙しそうなので反論できなかった。
その後、ずいぶんとしてから、楽器店併設のピアノ教室で、最新型の「エレクトーン」を見せてもらった。私の先生は姉妹でピアノ指導者をやっていた。私が習っている姉先生はピアノしか教えなかったが、妹先生は「エレクトーン」の先生もやっていたのだ。妹先生が見せてくれた「エレクトーン」は、隣の家のものよりも、さらにスイッチとレバーがたくさん装備されていた。しかもスイッチはパステルカラーで、小さく光るランプまで付いている。
子うさぎ 「先生、エレクトーンって、ほんまにカッコいいなぁ」
妹先生 「あ、うさぎくん、これはねエレクトーンじゃなくてドリマトーンっていうの」。
子うさぎ 「へぇー、ドリマトーンね‥‥」
そうか、エレクトーンの強い奴(最新型兵器)は「ドリマトーン」っていうのか。マジンガーZとグレートマジンガーの関係みたいなもんだな‥‥。
ドリマトーンが河合楽器の電子オルガンブランドであるのを知ったのは、それから10年後のことだ。