クリストフォリの発明以前、15世紀にピアノはあったのか?
クリストフォリは本当にピアノの発明家なのか?
「ピアノは16世紀、イタリアの楽器製作者、バルトロメオ・クリストフォリにより発明された」と、一般的に広く知られています。
現在のピアノの原型をつくったのは、イタリアのクリストフォリ(1655~1731)でした。
クリストフォリは、チェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思い、1700年頃、爪で弦をはじいて鳴らす代わりにハンマー仕掛けで弦を打って鳴らすという、現在のピアノにつながるメカニズムを発明しました。
彼はこのメカニズムを備えた楽器を「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(弱音も強音も出せるチェンバロ)と名付けました。 この名前を短くつめて、現在は「ピアノ」と呼ばれているわけです。
ヤマハ「ピアノ誕生ストーリー」より
私はつい最近まで、クリストフォリが「弦をハンマーで打つ」という独創的なアイデアを思いつき、鍵盤楽器に技術革新を起こした人物のように思い込んでいました。
ところが、最近、ピアノと同じ打弦楽器であるダルシマーの歴史を追いかける中で、彼固有のアイデアではなさそうなことに気が付きました。
ダルシマーのような「弦をハンマーで叩く」楽器は、遅くとも13世紀には中東からヨーロッパにかけて存在しており、楽器製作者であるクリストフォリがその存在を知らなかったとは思えないからです。
15世紀に「弦を打つ」楽器の設計図が
一方、ピアノ、チェンバロ以前の鍵盤楽器の歴史をさかのぼると、クリストフォリが1698年にピアノの製作に取りかかる250年前に書かれた興味深い史料があります。
1440年頃、オランダ東部の町・ズウォレのアンリ・アルノーという人物が、当時の領主・ブルゴーニュ公に提出した楽器の設計図です。
ここには、クラヴィシンバルム、クラヴィコルドゥム、ドルチェ・メロスといった古楽器の図面が残されています。
クラヴィシンバルムは、中世末期からルネッサンス期に考案された鍵盤楽器で過度期のチェンバロで、この図面上部に4種類の発音機構が描かれていて、そのうちの1つは弦を打つ方法について説明されているのです。
どうやら「鍵盤で動作させて弦を打つ」という機構は、クリストフォリ以前にも発想されていたようです。
ただ、現物が残っていないため、この設計に基づく楽器が実際に存在したのかどうかはわかりません。
ちなみに1440年前後のブルゴーニュ公国は「北方ルネセンス」と呼ばれる時代。フランドル派絵画やブルゴーニュ楽派の音楽により、ヨーロッパで最高の文化水準を誇っていました。
現代に続くピアノを1人で完成させたクリストフォリ
しかしながら、「ハンマーで弦を打つ鍵盤楽器」というアイデアを形にし、生涯をかけて改良を行い、現在のピアノの原型を作り上げたのは、まぎれもなくバルトロメオ・クリストフォリです。
アクション、ハンマー、フレーム、弦、現在のピアノが持つほぼすべての特徴を、彼が制作したピアノはすでに備えています。
一昨年、ニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れた際、現存するクリストフォリ制作のピアノフォルテ(1720年製造)をじっくり見ることができました。紛れもなく、現代のグランドピアノの原型でありました。
アイデアを思いつくのは簡単なもの。アイデアを形にし、磨き上げていった彼こそ、やはり「ピアノの発明家」といえるでしょう。