平尾昌晃・畑中葉子『カナダからの手紙』の思い出
最近、畑中葉子さん似の女性が入社
数ヶ月前、お隣りの部門に、営業管理担当として中途入社の女性が合流した。笑顔が素敵な30代前半の女性で、昭和のビジネス用語で表現すると「職場の花」(死語)だ。
彼女の雰囲気、どこかで見たことがあるな、うーん、誰だったろう???と、時々思っていたところ、今日、ふと気がついた。
デビュー当時の畑中葉子さんだ!
……「デビュー当時」ね。ここ、重要。
畑中葉子さんは1978年、師匠・平尾昌晃とのデュエット曲『カナダからの手紙』でデビュー。大ヒットした。
実は私、この曲にはとっておきの思い出がある。
思春期男子のデュエット!で知る
私が『カナダからの手紙』を初めて聴いたのは、ボーイスカウトのハイキングの道すがらだった。ボーイスカウトは小学6年生~中学3年生の男子が活動をする団体(今では女子も入れるらしい)。私は小学6年生で一番下っ端だった。
ボーイスカウトは「丘越え、山越え、緑の小道」とか「遠き山に日は落ちて」とか、アウトドア活動をテーマにしたさまざまなスカウトソングというものがある。ハイキング、キャンプファイヤーなど、さまざまなシーンに応じて、しょっちゅうスカウトソングを歌っていた。
ただ、それは大人のリーダーがいるときの「表の姿」。
リーダーがいない場では、山の中を歩きながら流行の歌謡曲を歌っていた。『夢追い酒』とか『別れても好きな人』とか歌ったっけ。まったくアウトドアに関係がない。
『カナダからの手紙』は、まさに生駒山中を数人の男子でハイキングしている最中、中学3年生の先輩A(班長)と先輩A(次長)の2人が、えんえんと歌いながら歩いていたことで知った。
半ズボンの15歳の男子2人がデュエットで歌う『カナダからの手紙』である。
いっきが、とまーるよーな口づけを、どうぞ、私に投げてください♪
2人の夜を思い出して、町の灯りを見つめています♪
男性パート(平尾昌晃役)の先輩Aはともかく、女性パートの先輩Bは、すっかり畑中葉子になりきって歌っていた。あのシーンを思い出すと、ニヤリと笑いがこみ上げてしまう。
そんなハイキングから帰って、その週にテレビの歌番組を見ていると、本物の平尾昌晃・畑中葉子が登場した。
「母音」の強調がセクシー
「愛くるしいお姉さん」って感じの畑中葉子さんに、私はすごく好感を覚えた。歌もめちゃめちゃうまかった。何だかヤマハ音楽教室のエレクトーンの先生のようだった。
彼女の歌い方には、母音を微妙に伸ばす特徴があり、何とも可愛くちょっとセクシー。妙に心がキュンとした。
ラブレター、ふろぉーむ かなだぁー いろづくまちうぉー
ラブレター、ふろぉーむ かなだぁー あなたのあいうぉー
隣で幸せそうに踊りながら、満面の笑顔で歌う平尾昌晃氏もよかった。すっかりファンになってしまった。
それまで北米といえばアメリカ合衆国だったが、この曲を聞いてカナダに憧れを抱いた人は数多いハズ。
その後、この二人で、『エーゲ海の旅』『サンフランシスコ行き』『ヨーロッパでさよなら』と、海外への旅シリーズが続いたが、『カナダからの手紙』ほどのヒットにはなかった。今、聴き直すと、いずれも素敵な曲なのにね。残念。
思春期の少年には衝撃だった路線転換
で、その後、音楽ディレクターの檀雄二と結婚されたが、1年持たずに離婚。
直後、私が中学2年だった1980年『後から前から』リリース。にっかつロマンポルノに出演し、女優としてもデビューを果たす。
清純派歌手だった彼女の路線転向は、中学生の私にはあまりに衝撃的で、茫然自失、何がなんだかわからなかった。だって、憧れのエレクトーンの先生が、AVデビューしたようなものだもの。どうして? なぜ?
「後から、前から、どうぞ」という歌詞について、同級生男子はニタニタ、イヒイヒしながら盛り上がっていたが、当時の優等生だった私は、何がニタニタ、イヒイヒなのか、まったく想像がつかなかった。
今でこそ女性タレントには、“エロカワ”というカテゴリがある。だが、彼女の路線転換、チャレンジは、あまりに早すぎたのかもしれない。
昨年、還暦を迎えた畑中葉子さん、2018年には40周年記念アルバムをリリース。今でもコンスタントに活躍しているらしい。
相変わらず、歌、うまいなぁー。