「幸せな夢」のがっかり感について
なぜだか分からないのだけど、幸せな夢や楽しい夢を見ることがめったにありません。
怖い夢や悲しい夢を見るのが10回に対して、幸せな夢や楽しい夢は1回くらいでしょうか。
子供の頃、何十回ともなく見た怖い夢がありました。狭い路地の向こうから横幅ギリギリいっぱいのダンプカーが走ってきて、逃げ場がないというもの。この夢は大人になって見ることがなくなったけれど、今でも狭いトンネルのような通路に迷い込んでしまい、前にも後ろにも進めなくなるような夢を時々見ます。
臨床心理学の第一人者、東山紘久氏が書いた『プロカウンセラーの夢分析―心の声を聞く技術』という本を数年前に読んだことがあります。
氏によると「夢は常に自分の味方」であること。夢は自分の無意識からのメッセージであり、夢のメッセージを読み解かないことは、大事な手紙を読まないことと同じである旨が、冒頭に書かれていました。
それから、どんなに怖い夢、辛い夢、悲しい夢を見ても、無意識の自分が意識ある自分に対して(変な表現だが)アラートを出していると考えるようになり、前向きに捉えるようになりました。とってもいい本ですよ。
さて、一昨日、とても幸せな夢を見ました。自分がイメージできる理想の暮らし、そのはるか上を行く憧れの暮らしを送っている夢でした。
私の場合、幸せな夢でも怖い夢でも、半分目が覚めていて、どこかで「これは夢だ」と冷静に見つめている夢を見ることがしばしばあります(きっと睡眠が浅い時でしょう)。
ところが、一昨日の夢は「完全にリアル」だと思い込んでいました。
それだけに、目が覚めたときのがっかり感は半端じゃなかった。なんと! 夢だったのか。あぁ、と。ベッドの上に横になりつつ、肩を落としてしまいました。
で、改めて思ったのです。
怖い夢、悲しい夢から覚めた朝はほっとするけれど、幸せな夢から覚めた朝はがっかりするものだな、と。
当たり前の話ですがね。妙に深く深く納得したのです。
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