一関のジャズ喫茶『ベイシー』の響きを体験
菅原正二著『ジャズ喫茶ベイシーの選択』を読んで
夏の終わり、岩手県一関市にあるジャズ喫茶『ベイシー』を訪れました。
今年読んだ音楽書の中で一番面白かったのが、ここの店主・菅原正二の著書『ジャズ喫茶ベイシーの選択』。「絶対、この夏訪問しよう」と決意するほどのインパクトでした。
伝説のジャズ喫茶店主に学ぶ「響きのバランス」(2015/4/14)
菅原正二氏は今年73歳。日本のジャズファン、オーディオファンの中で、知る人ぞ知る長老的存在です。早稲田大学在学中に、ハイソサエティー・オーケストラでバンドマスター、ドラマーとして活躍した後、1970年、一関に蔵を改造した『ベイシー』を開店。今でいう「Uターン起業」の先駆者でしょうか。
オーディオ、すなわち音に対するこだわりがハンパでなく、JBLの社長が来日した際、わざわざ表敬訪問するらしい。また、店名の由来でもあるカウント・ベイシーほか、米国、日本を問わず一流ジャズミュージシャンも一関まで訪れています。
まぁ、こんな前置きはいろんな雑誌やサイトで語られているので、この程度にしておきます。
店の扉を開けると「シャカシャカ 」
一関は、駅を降りると本当に小さな地方都市でした。昼間でさえ、商店街を歩く人影もまばら。この町で、本格派ジャズ喫茶『ベイシー』は異彩を放っていました。
ベイシーは一ノ関駅から1キロほど、徒歩15分ほどの距離にあります。一軒のジャズ喫茶にも関わらず、市の観光マップにも掲載されていました。観光名所なのでしょう。
開店時間は「15時すぎ」、不定休という情報を得ていました。「今日は日曜だし、ま、18時に訪問すれば開いているだろう」という気持ちで18時すぎに到着。お店の外観をあらかじめネットで確認していたので、すぐに見つかりました。一昔まえの「こだわりの喫茶店風」でした。神保町の喫茶店『さぼうる2』に似てなくもない。
入り口のドアは二重になっていて、一つ目のドアを開くとハードバップの響きが聴こえました。そして、二つ目のドアを開けると、“シャカシャカの音空間”が広がっていました。
「シャカシャカ」という擬音が第一印象です。シンバルのシャカシャカという音が空気を揺らしているのです。
店内には、旅行者っぽいカップルが前に2組、常連っぽい男性客が後ろに2人座っていました。全員、前方のスピーカーに向かって座っています。
常連なのか一見さんなのかは、座席と物腰を見れば何となくわかります。例えば、ピアノ好きが演奏会に行くと、ホール前方の演奏者には近づかず、ステージに向かってセンターやや右寄り、または2階席に腰を下ろすもの。通を気取るわけではありませんが、私は後ろのテーブル席に腰を下ろしました。
マックス・ローチがそこにいる
しかし、まぁ、さすがの響きですわ。音がほっぺたをくすぐるのです。空気の震えが「見える」。
クリフォード・ブラウン&マックス・ローチの名盤『イン・コンサート』が流れました。クリフォード・ブラウンのトランペットの響きについてはそんなに思わなかったけど、ローチのドラムにびっくり! これまでも何軒もの「こだわりの音カフェ」でスタンダード・ジャズのアルバムを聴いたことはありますが、もう異次元の違い。
そこにローチがそこで叩いているかのような立体感。いや、存在感です。デジタルでなくレコードであっても、50年以上前のライブを蘇らせることができるのか……。
それに、どんなによいコンサートグランドピアノであっても、響きのよいホールがなければ性能を発揮できないように、よいオーディオにはよい空間が必要なはず。オーディオファンを極めると、ピアノ好きと同じように、自宅に専用の空間を作りたくなるんだろうな。
レコードは演奏するもの
菅原さんは著書の中で、レコードをかけることを「演奏する」と表現していました。レコードは演奏するものなのです。
営業時間中、菅原さんは、カウンター近くのテーブルで文庫本を読みながら、時折、プレーヤーのある個室に消えていきます。実は、とても素敵なピアノソロが流れていたので、帰りがけに曲名を尋ねたい旨、女性スタッフにお願いしました。だけど、「いま、取り込み中で」とお断りされました
一見、読書しながら、悠々自適にレコードだけをかける頑固老人のように見えます。だけど、彼は演奏中なんですね。ピアニストやギタリストと同じく、演奏中に声をかけることはできなんだな、と思いました。
ちなみに、コーヒーは小さなお菓子が付いて一杯1000円。これは入場料と考えた方がいいです。お客さんは最短一時間は滞在すると思われるので、喫茶店としてはすさまじく回転率が悪そう。都内で賃貸物件を借りて、本格的なジャズ喫茶を経営するのは、とうてい採算が合わないだろうと確信しました。
このお店は、スタンダードジャズの名盤を一通り聴きこんでこそ、楽しめる店です。ジャズピアノ好きなら、ぜひここの響きを体験して欲しいです。新幹線に乗ってでも、わざわざ出かける価値あるジャズ喫茶でしたよ。