感想/村上春樹『意味がなければスイングはない』
村上春樹の小説は、発売後、たいてい一年以内には読んでます。ところがエッセイは、文庫本が出てずいぶんと経ってから買うことが多いです。
このエッセイ、単行本は2005年発行。もう10年も前になるのか。評価が高いことは知っていたのだけど、なぜだか手が伸びなかった。ふとした思いつきで購入しました。
村上春樹は、小説の中で音楽に重要な役割を与えていますね。『1Q84』でのヤナーチェク「シンフォニエッタ」、『ねじまき鳥クロニクル』でのロッシーニ「泥棒かささぎ序曲」などなど。小説の中での彼独特の語り口は、専門ライターによる紹介以上に音楽への興味をそそられます。そんな彼による初の音楽エッセイは、期待に違わぬものでした。
彼自身「一度音楽のことを、腰を据えてじっくり書いてみたいと、前々から考えていた」というだけのことはあります。もっと早く読めばよかった。
「一流の小説家は、読者に『これは私について書かれたものだ』と思わせる力がある」なんてことを誰かが何かの本で書いてたっけ。ミリオンセラーを連発する村上春樹は、きっとそんな力を持っているのでしょう。
あとがきにこんなことが書かれています。
書物と音楽は、僕の人生における二つの重要なキーになった。僕の両親は音楽をとくに好む人々ではなかたし、(中略)それでも僕は「独学」で音楽を好むようになり、ある時期から真剣にのめり込んでいった。小遣いをはたいてレコードを買いあさり、機会さえあれば生の音楽に耳を傾けるようになった。(中略)よい音楽であれば、ジャンルはなんでもよかった。クラシックでも、ジャズでも、ロックでも、選り好みすることなく片端から聴いた。その習慣は今でも変わらない。
これって、私、思春期の鍵盤うさぎじゃないか!
本書は10のエッセイからなっています。
いずれも調査に裏打ちされた説得力のある内容でしたが、一番共感したのは「ウィントン・マルサリスの音楽はなぜ(どのように)退屈なのか?」でしょうか。その感想については数週間前に書きました。
アマコン練習会で村上春樹が語るジャズに納得(2015/4/28)
もう一つ上げると、「ブルース・スプリングスティーンと彼のアメリカ」。私がウィントン・マルサリスのレコードを初めて聴いた1985年、同じ頃、アルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』がリリース。このアルバムはカセットテープで何度も何度も聴きました。
星条旗を背景に、後ろ向きに立つスプリングスティーンのアルバムジャケット、そして「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」での延々とシンセサイザーのリフは強烈な印象がありました。
このエッセイの中で、村上春樹はこのように語っています。
「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」というメガヒットによってほとんど初めて彼の存在を発見した一般大衆は、歌詞の内容を聞き流し、あくまでポジティブな口当たりの良い音楽として、その曲を現象的に咀嚼した。
まさに。私も最初はそういう咀嚼をしていました。
ところが、何度も何度もこのアルバムを聞き、英語の歌詞を口ずさむうちに、これは違うぞ!と。
特にアルバムのラストの曲「My Hometown」がお気に入りでした。こんな歌詞です。ちょと長いけれど全文引用。
I was eight years old and running with a dime in my hand
Into the bus stop to pick up a paper for my old man
I’d sit on his lap in that big old Buick and steer as we drove through town
He’d tousle my hair and say son take a good look around this is your hometown
This is your hometown
This is your hometown
This is your hometownIn ’65 tension was running high at my high school
There was a lot of fights between the black and white
There was nothing you could do
Two cars at a light on a Saturday night in the back seat there was a gun
Words were passed in a shotgun blast
Troubled times had come to my hometown
My hometown
My hometown
My hometownNow Main Street’s whitewashed windows and vacant stores
Seems like there ain’t nobody wants to come down here no more
They’re closing down the textile mill across the railroad tracks
Foreman says these jobs are going boys and they ain’t coming back to your hometown
Your hometown
Your hometown
Your hometownLast night me and Kate we laid in bed
talking about getting out
Packing up our bags maybe heading south
I’m thirty-five we got a boy of our own now
Last night I sat him up behind the wheel and said son take a good look around
This is your hometown
かつて栄えた工業都市で育った男が、8歳の頃、父親に「ここがお前のホームタウン」だと言われた幸せな思い出。ところが、35歳になり、工場は閉鎖になり、街は廃れ、妻と息子を連れて街を出て行くことになる。息子に「よく見ておけ、ここがお前のホームタウンだ」と語りかける。
そんな歌です。1985年ごろはまさにJapan as No.1の時代。アメリカの工業都市の産業労働者の境遇を描いたこの歌に、大学生だった私は深く考えさせられるものがありました。そして30年が経過し、息子の父親になった今、リアリティーをもって「My Hometown」を時々口ずさんでしまいます。
そんな時代の輪郭とブルース・スプリングスティーンの陰鬱な影について、今更ならが明瞭にしてくれたエッセイでした。
このエッセイ集の読後感があまりによかったので、調子に乗って、彼の未読のエッセイ数冊をまとめ買いしてしまいました。
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