30年目にして気づく『Portrait in Jazz』の意味
とあるピアニストから、夏のリサイタルのチラシをいただきました。手に取った際、プログラムより、まず顔写真に目を奪われました。歌舞伎役者のような凛々しく、かつ若々しい表情。デザイナーが、腕によりかけて画像加工をしたのかな。まぁ、ポートレイト(肖像写真)というのは、多少の「盛り」は許容されるものですね。
ジャズピアノの名盤中の名盤
ポートレイト・イン・ジャズ
演奏/ビル・エヴァンス、スコット・ラファロ、ポール・モチアン
販売/ユニバーサルミュージック
私、高校生まではクラシックピアノをやっていましたが、大学生になってからは、ビッグバンドをやっていた友人の影響もあって、急速にジャズピアノに傾倒していきました。
初めて自分の小遣いで買ったLPレコードは、オスカーピーターソンの『プリーズ・リクエスト』とビル・エヴァンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』でした。いずれもジャズピアノの入門編かつ必聴のアルバムです。
『ポートレイト・イン・ジャズ』、「ジャズの肖像画」もしくは「ジャズにおける肖像画」という言葉って、どのような意味があるんだろう? アルバムを買って以来ずっと気になるタイトルでした。18歳の頃から、心の片隅にこびりついた小さな疑問。
録音・編集技術の進化が「音楽の肖像写真」を作り出した
昨日、この疑問の答えがふと思いつきました。知恵の輪のように、あれこれ考えても解けないのに、ふとした瞬間にホロリと二つの輪は外れるものですね。
ジャズにおけるポートレイトとは、「生演奏=ライブ」に対する「記録=レコード」を指しているんじゃないかな。ジャズにしろクラシックにしろ、本領はライブにあると思っています。芸術は一回限り、時間の経過と共に消えてなくなる、花火のようなはかなさが、元来、絵画にはない音楽の特徴であったはず。
ところが、第二次大戦後、電気による記録・再生機器の発達により、音楽の楽しみ方、音楽ビジネスのあり方が劇的に変わりました。ライブに加えて、レコード再生が音楽の楽しみ方として現れたわけです。
演奏家にとって一回きりだったプレイ(演奏)が、テイク1、テイク2と、何度かの演奏のうち、気に入ったものを「記録」として残すことができるようになりました。
そのうち生演奏の記録であったレコードが、いつしか「レコード(というパッケージ商品)のための演奏」へと切り替わっていきます。やがてコンパクトディスクの登場とデジタル再生技術の進化により、レコード会社とオーディオ機器メーカーの資本は一体化し、産業として成長していきました。
録音と編集技術が発達することにより、演奏は、あたかも肖像写真のように美しく仕上げることが可能になりました。ジャズの肖像写真、これこそが『ポートレイト・イン・ジャズ』の意味ではないでしょうか。
そう考えると、グレン・グールドの一連の録音は『ポートレイト・イン・バッハ』とも言えるかもしれませんね。