伝説のジャズ喫茶店主に学ぶ「響きのバランス」
たまたま手に取ったこの本、面白いのなんの!
岩手県一関市にあるジャズ喫茶「ベイシー」の店主、菅原正二氏によるエッセイ『ジャズ喫茶「ベイシー」の選択―ぼくとジムランの酒とバラの日々』である。菅原正二氏は、1942年、岩手県生まれ。早稲田大学在学中に、ハイソサエティー・オーケストラでバンドマスター、ドラマーとして活躍し、1970年、一関市に「ベイシー」を開店。以来、この店は、日本のジャズファンの間で至宝的存在となっている。
とにかく、音、オーディオに関するこだわりがハンパない。この本の中で、レコードは「かけるもの」ではなく、「演奏するもの」として書かれている。そして、ジャズ喫茶店主、自らの仕事を「音を取り次ぐ」仕事とおっしゃる。そう、これはクラシック音楽の演奏家に通じる姿勢なのだ。
この本は、何度か分けて書きたいほど名言にあふれている。まず、今日、うならされたのが下の部分だ。
ぼくはどうも、大音響で鳴らすことばかり考えているように思われがちだが、それでいいのだ。大音響で気持ちのいい音を出すことが如何に難しいか、やってみた人ならわかることだが、最初から音量を限定して、その範囲内だけでやっている人にはなかなかわかってもらえない、これは世界だ。
大音響でうるさくない、気持ちのいい音が出せるようになれば、そのまま小音量にしぼっても素晴らしい音がするものだ。大音量ですべてのアラをさらけ出しておいて音を作り、実際にはそのずっと下の適音で聴くのがいい。逆にいうと、小音量時に十分な低音バランスが出ていないと、とてもヴォリュウムを上げる気はしない。どうせ高音だけ上がっていくのが目に見えているからだ。
レコードを演奏中にフェイドアウトしてみるといい。低音が早々と姿をくらますような時はロクな音がしていない時だ。いい時というのは、全部の音がいっせいに下がっていくのであって、全部の音が完全に聞こえなくなる間際まで、低音がしっかりとついていかなくてはならない。
実はこれ、師匠の指導に通じる部分を感じた。
コンサートグランドピアノをホールで美しく「鳴らしきる」こと。暴力的に叩いた響きではなく、脱力した腕で鍵盤をすくい上げた時、ホールにあふれるような響きが行き渡る。これこそがモダンピアノの真髄なのだ。私は氏の言葉をこう言い換えたい。
ホールで気持ちのいい音を出すことが如何に難しいか、やってみた人ならわかることだが、家の中や防音室だけで弾いている人にはなかなかわかってもらえない、これは世界だ。
ピアノを再開して7年ほど。いくどとなくホールでグランドピアノを弾いて体得したことは、「気持ちのいいフォルテを出せるようになって、初めて芯のあるピアニシモの出し方がみえてくる」こと。
うーん、オーディオの世界は侮れない。
もしかしたら小さな防音室にこもって弾くアップライトピアノの響きと、ホールで弾くコンサートグランドピアノの響きの違いって、iPhoneにイヤフォンをつけてMP3を音楽を再生することと、よいアンプとスーパーウーファーで「演奏する」ことの差に近いのかも。
この本については、また書きたい。